粋と意地が詰まった 日本古来の伝統柄を知る ー那須恵子・木村淳史 インタビュー

2018.01.09

粋と意地が詰まった 日本古来の伝統柄を知る  ー那須恵子・木村淳史 インタビュー 粋と意地が詰まった 日本古来の伝統柄を知る  ー那須恵子・木村淳史 インタビュー

よりよい住まいを創り出す人たちへのインタビュー

MATERIAL INTERVIEW #07 KEIKO NASU & ATSUSHI KIMURA

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空間づくりに関するさまざまな分野で活躍する方々にお話をうかがう「 M A T E R I A L 」のインタビュー。7回目となる今号では、内装アイテムに欠かせない「 柄 」の話を聞きに、那須恵子さんと木村淳史さんのもとを訪れました。

那須恵子インタビュー
粋と意地が詰まった 日本古来の伝統柄を知る

那須恵子

1982年岐阜県生まれ。高校でデザインを学び、卒業後はデザインやイラスト業務に携わる。27歳の時に伊勢型紙と出会い、職人歴45年の生田嘉範氏の門下に。伝統を受け継ぐための技術の鍛錬を重ねるとともに、伊勢型紙の新たな可能性も模索している。

伊勢型紙、と聞いてピンとくる人はかなりのツウだ。初耳だという方にもわかるよう補足させていただくと、伊勢型紙とは、着物の柄を染めるための型紙のひとつ。友禅や 小紋を染める際に使われている。モチーフとなるのは、染屋さんからの依頼で図案師が描いた日本古来の文様が多い。その文様を、型地紙となる紙にひとつひとつ手彫りしていくのが、伊勢型紙職人の仕事である。

縞彫り、突彫り、道具彫り、錐彫りの 4 種の技法を駆使 して彫られた型紙は美しく、1000 年以上の歴史を有する 伝統工芸品でもある。しかし、着物の需要の減少、染色や印刷における新しい技術の導入などにより、職人の数は減りつつある。そんな中、職人の世界に飛び込んだ那須さんが、現在考えていることとは ?

(聞き手・坂田夏水)

粋と意地が詰まった 日本古来の伝統柄を知る  ー那須恵子・木村淳史 インタビュー

好きなことを好きなだけやり込みたい

―那須さんは 27 歳で会社を辞めて職人の世界に足を踏み入れたわけですが、いったい何がそうさせたのでしょうか ? 

那須:好きなことを好きなだけやり込みたいと思ったんです。会社員時代から、イラストの仕事など手を動かしてひとつのものをつくり込むのが落ち着くなと感じていて。それを一生やるためにはどうしたらいいかと考えた時、職人仕事は定年もなく、一生できる仕事だと勝手に思い込んで(笑)、いろいろな工芸品の見学に行ったり、話を聞きに行ったりしていたんですね。その中で出会ったのが伊勢型紙でした。

 

―それで職人歴 45 年の生田嘉範さんのところに。 

那須:伊勢型紙をやりたいという気持ちをさまざまな人に ぶつけているうちに、生田さんに引き会わせてくれた人がいたんです。ようやく会えた生田さんに伊勢型紙を教えてもらいたいことを伝えると「いいよ」と言ってくださったから、「生田さんの気が変わらないうちに早く行かないと!」と 1 カ月後には三重県鈴鹿市白子に引っ越してきました。生田さんは、「ちょっと習いたいだけだろう」と思っていたそうですが、私が職業としてやりたいんだと意地を張っていたので折れてくださったというか(笑)、理解してくださって、面倒を見ていただけることになったんです。

 

―弟子を受け入れるというのは大変な決断なのですね。

那須:お年のこともあるし、業界自体が衰退して職業として成立しづらい現在、弟子をとってもその人生をつぶしてしまうんじゃないか、という責任を感じて断るやさしさもあると思います。でも、「自分で仕事を取りにいく」という条件のもと、生田さんは受け入れてくださいました。

1枚の型紙を彫り上げるのに1カ月

粋と意地が詰まった 日本古来の伝統柄を知る  ー那須恵子・木村淳史 インタビュー

―今回、仕事場を拝見して、あまりの細かい作業に驚いています……。できあがりの型紙の大きさと、それにかかる日数はどれくらいなのでしょうか ? 

那須:大きさはだいたい 4 寸 5 分(13.6 センチ)です。昔はもっと小さかったのですが、染めの効率化でサイズが大きくな りました。生田さんみたいに細か~いものを彫ってらっ しゃると、1 日彫り続けてやっと 1 段分ができる感じなので、全部できるのにひと月くらいはかかります。

 

―ひと月ずっと同じ紙に向かうというのはすごいですね!

那須:そう思います。1 日中やってもあんまり進んだ感じがしない(笑)。

 

―型紙は染屋さんで何回くらい使えるものなのでしょうか。

那須:型紙は消耗品なので、回数を重ねるうちにだんだん傷んできます。30 反ぶんくらい使えたらいいほうかな…..。繊細な柄ほどもろくなりますので、10 反くらいで破れて使えなくなることもあります。

 

―伊勢型紙は、量産するために紙を何枚も重ねてから彫っていますが、4 枚重ねて彫って、一度に 4 枚の型紙が できたとしても、40 反ぶんくらいしか染められないこともあるんですね。 

那須:そうなんです。ちなみに、柄がそんなに細かくなけ れば、8枚くらい重ねて彫れる人もいますよ。切れ味のいい小刀だったり、条件が揃えば 10 枚くらい重ねて彫ったというケースも。

 

―10 枚 !? 紙に垂直に彫らないといけないんですよね。

那須:よくわかってらっしゃるー! 斜めに刃を入れちゃ うと、上の紙と下の紙でできあがりの柄が変わってきちゃって……。たとえ 2、3 枚でもズレる時にはズレますから、同じように刃を入れるのは本当に難しいです。職業として、たくさんの人に卸していくとなると、多くの枚数を 効率よく早くきれいに彫ることが大事なので、趣味などで 1 枚だけ彫っていく技術とはまた違うんだなと実感しています。 あと、趣味や作品づくりと違う点としては、型紙は彫り終われば型商さんに納品してしまうものなので、自分の手元に残らないということ。自分がつくった型紙で染められた着物を見る機会はほとんどありません。

江戸小紋は「逃げ道がない」

粋と意地が詰まった 日本古来の伝統柄を知る  ー那須恵子・木村淳史 インタビュー

―ひと月かけて彫って、そこから染めに入って……というのは、洋服とは全然違うサイクルですね。

那須:テラコヤ(伊勢型紙)さんで見てこられた手ぬぐいや浴衣なら、彫る時間はあまりかからないですよ。3 日くらいあれば型紙を彫り終わるかな、というくらい。(※「テラコヤ伊勢型紙」については下部参照)

 

―柄が大きいから。逆に、小さく静かな模様が美しい江戸小紋なんかは……。 

那須:江戸小紋って、彫っている側からすると逃げ道がないんですよ! 飾りがあれば、そこに目が行くから彫りムラもごまかせるんですけど(笑)、それがなくて地紋だけと いうのは本当に試練です。 でも、何もない静かな模様だからこそ、着物になると着る人を引き立てて本当に美しくなる。シンプルなんだけど、 だからこそ奥行きやニュアンスがでるんですね。

 

―より洗練されたものになる。

那須:やっぱり柄がのっていると華やかになりすぎちゃうといいますか。着る人からしても、にぎやかしくて元気 になりすぎた柄はあまりよくなくて、彫り手にとってよりハードルが高い柄こそが、着る人を引き立てる柄になる。 江戸小紋ってやっぱり深いです。

 

―ここまで細かい伝統工芸って世界にも類を見ないんじゃないですか ? 

那須:織物とかならあると思うんですが、ここまで細かい型染ということであれば、日本だけなんじゃないでしょうか。結局、日本人の気質なんですよ。細かいものが好きというか、技術を見つけたらそれを極めないと気が済まない国民性があって、だから江戸小紋みたいな「そこまでやるか!?」ということをやりたがる。そういう意味で型紙はオリジナリティがあるし、文化だなぁって思いますね。

願いは「死ぬまで彫り続けること」

―那須さんにとって、「柄」ってなんですか? 

那須:……試練、ですよね。自分に与えらえたタスクみたいなものです。だから、柄を見る時には、難しいか簡単かという視点で見てしまう。「キレイ」や「好き」以外の意識 や興味が働いてしまうんです(笑)。

 

―アルピニストが景色ではなく山の高度しかみていない感じに似てますね(笑)。 

那須:近いかもしれないです(笑)。自分がそれを達成する場合の道のりを想像してしまうという点が。

 

―那須さんのつくった柄について教えてください。

那須:小刀の突き彫り、道具彫りの 2 種類を合わせ、「株のきのこと水玉」をモチーフに、若い層にも受け入れられるような柄をつくりました。 自分が好きなモチーフで伊勢型紙の作品をつくる時は、単色染めのよさを表現できるようにしています。型紙を組み合わせて模様ができるのも面白いですね。

 

―仕事の営業用にサンプルもつくってらっしゃるとか。

那須:型商さんや染屋さんは柄をたくさん見たいんですよね。3、4 年前から売り込みを始めましたが、失敗もたくさん経験しました。でも、型紙で食べていくためには、やらざるを得ないことです。売り込みもやらなきゃいけないし、 型紙が今抱えている問題も解決しないといけない。 本当は家にこもってひたすら彫るというのが憧れだったんです(笑)。でも、本当に私のただひとつの願いは「死ぬまで彫り続けること」。もちろん、お客様のためにものづくりしようという気持ちもありますが、一番大事なのは、自分がこれを生き甲斐としてやっていくこと。ものすごく自己中心的な考えなんですが(笑)、私が食っていくためには伝統を継承するだけでは十分じゃなくて、それを広げていかないといけないと思っています。

取材協力:オコシ型紙商店
「オコシさんは型商さん。染屋さんが伊勢型 紙を買いに行くところです。私は納品するほう。オコシさんは、伊勢型紙の行く末、可能性を広い視野で見ています」(那須さん)

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「テラコヤ伊勢型紙」 木村敦史に聞く
伊勢型紙の来し方行く末

粋と意地が詰まった 日本古来の伝統柄を知る  ー那須恵子・木村淳史 インタビュー

僕の祖父は伊勢型紙の彫り師だったのですが、27年前、 孫である僕が生まれることをきっかけに会社員に転職をしたといいます。理由は、彫り師のままでは孫にお年玉をあ げたり、孫と一緒に旅行したりできないため。それくらい、お給料が低かったんです。

その後、僕が会社員生活を経て地元の白子(三重県鈴鹿市) に帰ってくると、伊勢型紙業界の衰退はもっとひどくなっていました。小さいころお世話になった職人さんや、型紙を染屋に卸す型商さん、職人組合の会長さんなどにも話を聞きに行きましたが、口をそろえておっしゃるには「5 年もったらええほう」と……。

伊勢型紙業界の衰退は、着物の需要が減ったことだけに 原因があるわけではありません。着物以外にも、伊勢型紙を使った洋服やネクタイ、ベッドカバーなどもありました から。しかし、スクリーンやデジタルプリントの出現は大打撃だった。1980年代には300人いた職人が現在では20人、 平均年齢は 70 年代前半と高齢です。

このまま何もしなければ、間違いなく伊勢型紙はなくなる。これほどつらいことはありません。柿渋紙(伊勢型紙の型地用の紙)のにおい、職人がいる街並み、空間……すべてが当たり前だったのに、それがなくなるなんて想像もできません。

僕は覚悟しました。仕事を辞め、伊勢型紙一本でやっていくことに決めたんです。

伊勢型紙で商品やサービスを造ろうと思って彫りの修行 もしましたが、何年かやってみてから「ほかにやらないと いけないことがあるんじゃないか」と気づきました。職人のおじいちゃんたちに続けていてよかったと思ってもらうために。自分の好きな土地の雰囲気を残すために。伊勢型紙を伝統工芸から産業にするために。白子から世界に向けて日本の美の魅力を発信するために。たくさんの国の人が 伊勢型紙という手法を使って、自国の魅力が発信できる空間をつくるために― 。 そのために始めたのが、職人を育てる仕組み=「テラコヤ伊勢型紙」の店舗づくりです。クラウドファウンディングで 300 万円ほどの資金を集め、2017 年 5 月、開業にこぎつけました。現在、「テラコヤ伊勢型紙」には3つのコースがあり(※)、世界中から伊勢型紙に興味を持った人が集まっています。

伊勢型紙に残された時間はわずか。型紙職人も増やさないといけないし、染めの工場も縫製場も、白子の古い町並みの中で空き家になっている建物を使っていただきたい。そのためにも、まずはたくさんの人に「テラコヤ 伊勢型紙」に来てもらって、白子の魅力に触れてもらいたいんです。だから僕は、人と人とをもっとつないでい きたいと思う。多くの人が白子に移住できる仕組みづくりこそを自分の仕事にしていかないといけないと考えています。

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※テラコヤ伊勢型紙の3つのコース
● 1日で型紙制作を行う「一日体験コース」
● オリジナルの反物が手元に届く「オリジナル制作コース」
● 伊勢型紙職人の基礎を学ぶ「弟子入りコース」
詳細はこちら➡ http://terakoya-kataya.com/

 

テラコヤ伊勢型紙
三重県鈴鹿市白子1-10-6

定休日:月曜日、火曜日

terakoya.kataya@gmail.com
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インタビューその後…

毎回、インタビューの中で膨らんだイメージを実際に商品化する「マテリアルコラボレーション」

今回は、白子の伊勢型紙を支える「オコシ型紙商店」さんにご協力いただいた壮大なコラボレーションとなりました。伊勢型紙の面白さ、柄の美しさを知り、生活空間で楽しめる新商品・ペイントステンシルです。着物と壁の柄をお揃いにすることも夢じゃない!?

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