自分で考え、選び、決める―― 編集権のある空間づくりの面白さ 林 厚見インタビュー

2016.07.15

自分で考え、選び、決める―― 編集権のある空間づくりの面白さ 林 厚見インタビュー 自分で考え、選び、決める―― 編集権のある空間づくりの面白さ 林 厚見インタビュー

よりよい住まいを創り出す人たちへのインタビュー

MATERIAL INTERVIEW #02 ATSUMI HAYASHI

自分で考え、選び、決める―― 編集権のある空間づくりの面白さ 林 厚見インタビュー

「 東京R不動産」のキーパーソンに訊く!
自分で考え、選び、決める―― 編集権のある空間づくりの面白さ

自分で考え、選び、決める―― 編集権のある空間づくりの面白さ 林 厚見インタビュー

2003年にスタートした「東京R不動産」が世の中に与えたインパクトは大きい。
知らない方のために説明しておくと、「東京R不動産」は、「キレイ・広い・好立地」だけの
高スペック物件には目もくれず、「ボロくても個性的」「狭いけどリノベーションできる」
「不便だけどそれがいい」などのひとくせある物件を紹介するサイト。
その独自の視点は、誰かがパッケージした価値観をそのままどうぞと受け取るのではなく、
ユーザー自身が空間の面白さを探していく主体的なスタイルを人々の間に植え付けた。
従来の価値観をすり抜けるように提案されたこの新しいスタイルが、
不動産のみならずさまざまなものの見方を変えてしまったといっても過言ではないだろう。
そんな「東京R不動産」が次なるステージとして2010年に設立したのが、
住まいの内装に焦点をあてた「R不動産toolbox(以下toolbox)」だ。
「自分の空間を編集していくための道具箱」と銘打ち、床材やクロス、塗料、建具、水ま
わりのパーツなどのほか、職人の技術や知恵を借りることができるサービスなどが揃う。
今回お話をうかがう林厚見さんは、この2つの事業のキーパーソン。
「東京R不動産」設立から12年、「toolbox」オープンから5年半を経た2016年現在、
林さんは何を考え、何をたくらんでいるのか。
そしてあまり語られないプライベートな生活とは?
その頭の中をのぞかせてもらった。
( 聞き手・坂田夏水/夏水組)

完成せずにプロセスであり続けるからいい

―「toolbox」について教えてもらえますか?

林:「toolbox」は「(東京)R不動産」のベースにある
“街や住まいをもっと面白くしていく”という思いを別の形で表現する仕掛けなんです。
「R不動産」は思っていた以上に多くの人に知ってもらうことができましたが、
そこから単に規模拡大を目指すようなものじゃない。
僕らが面白いと思う物件の量は限りがあるし、やりたかったことはこだわりを
持つ人と空間の出会いをつくる仕組みづくりであり、僕らはそこにいろんな風景が
うまれるのをほくそえみながら見るという感じで(笑)。
その中で次に必要だと思ったのが、空間をつくるプロセスを変えていくような新しい
仕組みを提供することだったんです。
そしてそれは、ユーザー、住まい手が主導権、編集権を持ち、自分で考え、選び、決め、
つくるためのものであると。
でも、「toolbox」のテーマをDIYにしたいと思っていたわけではなくて、
最初にやりたかったのはむしろ職人サービスなんです。
キッチンに好きなタイルを貼りたいとか、壁に好きなものを飾る棚をつくってほしいとか……
なんでもいいんですけど、そういったちょっとしたことをちょっとずつ
つくっていける職人サービス。
そうやってユーザーがクラフトマンを身近に感じつつ、DIYも手段の選択肢と
して、プロセスやつくり方のアプローチを楽しむ。
そこから空間への愛着が生まれていくといいなと。

―DIYはあくまで方法のひとつであって、空間づくりの
主体性、スタンスが大事なんですね。

林:実際に「toolbox」で素材やパーツを買ってくださる方は、
DIYをするエンドユーザーももちろん多いのですが、
工務店などのプロも多いんです。でもそのプロたちは、エンドユーザーから
「これを使ってほしい」と言われて購入されることが多いようです。

―クラフトマン、ハンディーマン―たとえば個人でタイルを貼るとか、
床を張り替えるというような仕事をしている人―が欧米にはいっぱいいます。
どちらかというと彼らは職人でありながらクリエーターでもあるイメージ。
意外と収入もあって魅力的な生き方をしているので、
若い人たちがそれに憧れる動きもある。日本もそうならないかな、と思っているんですが……。

林:今はその芽も出てるし、そういう人たちが増えていくとも思います。
職人や、個人工務店といった、自ら技と感性を活かしてお客さんと
直接話しながら現場で空間をつくっている一部の人たちは、
生き様としてもサステナブルだから。
幸せだし、そしてほんとうにカッコいい(笑)。
だからそんな感度の高いマイクロ工務店が増えてほしい、
増やしたいとも思っているんですけど、そのために僕らが何をできるかは、
まだまだちゃんと見えてはいないです。

―「toolbox」はマイクロ工務店にはならないんですか?

林:実験的にやってはいるんですが、最終的にはむしろ、
色々なことができる職人たちの商店街みたいなものをつくりたいんですよ。
ネットでも、リアルでも。
古材を使って床や壁を張り替えて空間を変えてしまう職人の隣には、
会話しながら家具をカスタマイズしてくれる人がいる、そうした人たちと
出会いながらどんどんイメージが湧いたり、自分の空間が変わっていく……
そんなストリートがあったら楽しいでしょ?
現実だと難しいんだけど、今はインターネットでそれができます。
その商店街にあるのはモノでもいいしサービスでもいい。
家をいじっていくための手段は色々で、内装は建築に比べてランダムに、
行き当たりばったりつくっていくくらいでもいいですよね。
居心地のよさを軸にするなら、デザイナーに全体をビシッと完成させてもらうのもいいけれど、
「ここにカウンターがあったらいいかも」
「ここにいい光が入ってくるからムラのある塗装してみようかな」とか、
ヒューマンな感覚とインプロビゼーションで少しずつつくっていくという
世界のほうが僕は楽しい。
そして、僕は自分でデザインしようとするよりも、「場」をつくって、
いろんなアイデア、いろんなモノが集まって、
それを活かして多くの人がそれぞれに表現をしていくという広がりを
つくり出したいなと思っています。
「toolbox」には、モノをつくる多くの人が「俺はこんなことできるぜ」
「これやろうよ」っていうふうに登場していくと面白いなあと考えています。

―装飾的、女性的なもの、あるいは大量生産の安価な商
品たちについての考えも聞かせてください。

林:僕は大量生産ものを否定していなくて、
無印良品もIKEAもそれぞれに意味があるものだと思っています。
大量生産だからいけない、ということはまったくないんです。
ただ、こと建材や住宅まわりに関していうと、
大量生産するためにリスクを回避しすぎているという問題はある。
そういうリスクヘッジの問題でいうと、今ものすごく「モンスター」に興味があって。
「モンスターペアレンツ」とかの「モンスター」。

―その人たちがいるから、大量生産品はリスクをとった
商品づくりができない?

林:モンスターはいっそのこと陽の当たるところに出て来
てもらって、壇上に上がってもらうのがいいと思ってます。
で、モンスターの主張が一理あるといえるものか、特殊で理不尽な主張なのか、
みんなに価値判断を求めるわけ。
そこでみんなから全く認められなければちゃんと退場いただくと。
このへんの問題って、商品だけじゃなくて、
街とか社会全体のあり方にもすごく関係するから興味がありますね。

―「toolbox」のほうは、そろそろ次の進化、展開がある
んでしょうか。

林:「toolbox」でやりたいことの中で、いまは3段ロケットのうちの
1段目を発射して、ひとまず軌道にのったところかな、と。
これからも夢は続くってことですよ(笑)。
「toolbox」は、「完成しないことがいいんだ」っていう価値観なんです。
いじり続けるそのプロセスがいいんだから。

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街を居間にして動き続ける

―林さんは多くの人の生活空間や気持ちを変えるきっかけを与える側の人ですが、
その「よかった!」という声をご自身の暮らしにフィードバックしたりしないんでしょう
か? 
たとえば、提案したカッコいいフローリングを自宅に取り入れたり。

林:うっ、自分の家は人に自慢するようなカッコいい家ではないですねぇ。
今は家の空間そのものをこだわってつくりこむことはそれほどしてなくて、
むしろ外に出ていって街を居間にするみたいな感覚が大きいですね。
あ、でも今の家も、考えてみたら床はフローリング材として仕上げていない
普通の杉板をそのまま並べて張ってみたり、
「toolbox」の足場板で本棚つくったり、キッチンまわりはDIYでレンガ積んであったり……
そこそこは自分の空間にしようという思いはあるような……。
でも、デザインというより雰囲気がフィットするか、
あと質感、そのへんが超大事。
それ以外の、たとえばものすごい完成度を上げたり、
「好きなものしか置きません!」というようなことは全然できなくて。
ゆるいんです。ゆるいのはなぜかというと、飽きっぽいとも言えるんだけど、
今は「動き続けたい」というほうが勝っちゃうからなんですよね。
実は来月また引っ越す予定だし。
いつかは家を考えるときに「終の棲家」みたいな話もでてくるのかもしれないし、
そのときにはガシッと精度の高い空間をつくりたいと思うかもしれないけれど、
今のところ固定的には考えられない。
実はいまだに自分の中で「暮らし」って言葉の意味がわからなくて。
みんなわかるらしいんだけど……。
みんなが「暮らし」っていう言葉から受け取っているものってなんなのかなぁ。

―「暮らし」の意味がわからない!? 衝撃!!

林:僕は肩が凝ったことがないから、
「肩が凝る」っていう状態も意味もよくわからないんですけど、
それと同じくらい「暮らし」という言葉がわからない。
たとえば、食べ物にこだわりたいとか、生活にかかわるさまざまな道具に
こだわりたいとか、そういうのはわかりますよ。
でも、「暮らしにこだわる」となるとよくわからない。やばいですね。

――家にいる時間が少ないからでしょうか。

林:今は家にいる時間はかなり短いですからね。僕の中では、
家も街も店も仕事場もぜんぶつながっていて、
喫茶店やバーで思索にふける時間も生活のコアみたいなところがあるし、
やっていることも場所を問わずつながってたりする。
来月引っ越すことにしたのも、行きつけの喫茶店がなくなったことが一番大きい(笑)。

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「続いていたい」からベッドよりソファ

―「街を居間にして動き続ける」生活で重要なポイントってなんでしょう?

林:ちょっとずれるけど、その生活感覚の象徴はソファで寝ることかも。
ベッドだと「今日は終了」になっちゃうわけですが、僕は「続いていたい」んですよ。
ソファにいればまだ何かが続いてる。
何かが起こるかもしれない感覚でいられる。
でもまあ結局、何も起こることなく寝落ちするんですけど(笑)。
そういうダメな自分と向き合う時間は大好き。
家はソファひとつの空間があれば多分生きていける(笑)

―そんなソファひとつの空間自体が家になってるみたいな?

林:そう、僕はとにかく街に溶け込んでいるのが好き。

だからその小さなボックスはいっそのこと街の一部に置きたい。その近くにはコーヒー屋もあれば居酒屋もあります。
で、ミーティングするための場としてオフィスがある。パソコンはコーヒー屋で開くときもあるし、スマホはバーでもいじるかもしれない。まわりにはいろんな人がいてめぐりめぐっている、その中にこのボックス空間がある。

で、ボックス空間の外に庭があって、庭には素敵なキッチンがあって、みんなでワイワイやれたらいいよね……って、あまりそういうことを言っていると奥さんに呆れられるのでこのへんで。

―新島の「saro」と発想は同じですね。
(注:saro……林さんが仲間たちと新島につくった宿とカフェ)

林:そう。さっきみたいに考えていくと、街じゃなくて島のほうがいいんじゃないかと思って、
そのときは「saro」になった。
このボックスが野原にあるのでもいいですよね。
隣に家族のボックスがあって、野原にはテーブルがあって、
子どもができたらそのまわりをビニールカーテンくらいの軽さで仕切って内部化して……。

―河川敷にいる野宿者の人みたい(笑)。

林:おっしゃる通りですよ(笑)。
つきつめると、こういう考え方もあるよねっていうことです。
終わりなき自由、即興的創造、みたいなことが理想。

―最後に、今回の本誌(注:タブロイド紙「MATERIAL」vol.2)はタイルを特集しているんですが、
林さんは昔、ブルーのタイルを個人輸入していましたよね?

林:サンフランシスコの隣町、サウサリートのタイルメーカー
「Heath Ceramics」のタイルに興味があって、
現地の工場まで行って買ってきましたね。
このメーカーはずっとモダンスタンダード的なタイルをつくっていたんですが、
最近はアダム・シルバーマンというアーティストが入って、
作家性の強いものもつくっています。
その工場というのが、ミッドセンチュリー時代の西海岸らしい
フラットハウスの建物で、工場のラインでは黒人のおばちゃんが色づけをしたり、
太ったおじさんがタイルをカットしたりしてるんだけど、
見学している僕らが「わあ……」って表情で見ていると、
彼らがにやっとするんですよ(笑)。
土をいじりながら、すごく誇らしげな顔をしていて、それがすばらしいのなんのって。
それで、タイルは無事買ってこれたんだけど、
関税の手続きはめんどくさいし関税は高いしで、結局坪単価5万円くらいの
買いものになっちゃった。
でも僕、タイル熱はアツくて、いつかタイルハウスをつくってみたいんですよ。
いろいろなタイルだけで壁面をつくった家、
庭の向こうにも美しいタイルの床や壁が続いていく空間で、そこに宿泊もできるような。
いつかどこかで、やりますよ。

about toolbox

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林さんがディレクターを務めるtoolbox
ショールームには約500点の商品を展示しており、
どの商品も自由に動かして組み合わせを試すことが可能。

東京都渋谷区千駄ヶ谷 3-61-8NK-5 ビル 1F
TEL 03-6438-0653
平日 11:00~19:00 土曜 13:00~17:00 日曜、祝日休み

http://www.r-toolbox.jp/

インタビューその後・・・

その後、林さんがインタビューの中で語った小さなボックス空間を
MATERIALで作ってみました!
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